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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
08 第八分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 192,758 字 · 383 页
桔梗分脈
「すこしばかりは」
「遠慮するな。飲みたいばかりに働いたことだ。きょうは存分飲んで帰れ」
と、傍らの福島市松とほか二、三名の荒武者を選んで命じた。
「この男に、酒一斗与えて、飽きるほど飲ませてつかわせ。飲み切らぬうちはそちたちの刀にかけても帰すな。飲みほしたら門前から抛り出してやれ」
「かしこまりました」
「あ。……た、大将様。御褒美のお金は」
「追って、小栗栖村一同の村民へ施与いたすであろう。家臣をつかわして地頭名主へ手渡してやる。汝に持たしては、途中、一斗の酔でこぼしてしまうに違いない」
「さッ、立て。飲みに来い」
荒小姓の福島市松などは、左右から彼の襟がみをつかんで、面白半分に何処かへ引っ張って行った。
桔梗分脈
光秀の首は本能寺の焼け跡に曝された。水色桔梗の九本旗がここの暁に鼓譟してからわずか半月の推移であった。
もとより見るにまかせてあるので、市民は朝から夕べまで蝟集した。それだけで充分このことの政治性はあった。ひとたびは光秀の逆を道義に照らして罵った者も、いまは口の裡に称名を念じて帰った。稀れに腐屍の下へ花を投げてゆく者もあった。警固の武士もそれを見て咎めるようなことはしなかった。