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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

08 第八分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 192,758 字 · 383 页

青空文庫

と、念じているにちがいない。――そして折々には、ほっと正面の本尊仏を仰ぎ見ていた。大吉堂のそれは立像丈余の聖観音であった。

「お母さま。何かしら近いうちに、ここへ吉報があるような気が寧子にはいたしますが、お母さまには……」

すこしの暇でもあれば、彼女も母のそばへ来て、ともに掌をあわせていた。ここへ移ってからの彼女は一切召使の手をからず、母の食事から夜の具の上げ下ろしまでみなしていた。また間には、家中の妻子や病者を見舞ったり、とかく意気銷沈しやすい郎党たちをも励ましてまわるなど、まったくもう一度、秀吉がまだ貧乏時代であった頃の一主婦に立ち還っているすがただった。

「ほう。そなたもそう思うか。この母もそう思うてじゃ。何という故は知らぬが」

「わたくしは、この聖観音さまのお顔を仰いで、ふとそんな気がしてまいりました。おとといよりは昨日。きのうよりは今日。一日ましにはっきりと、わたくしたち母子へ御微笑を投げかけられてお在すような……」

朝、母子して、そんなことを話していた日であったのである。まことに虫の知らせというものであったかもしれない。

日没のはやい谷陰の部落は、もう御堂の壁に暮色をたたえ始めていた。