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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

08 第八分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 192,758 字 · 383 页

青空文庫

その自重からである。――しかしまた、心は疾風のごとく、現地の京都へ急いでもいた。

彼とは、織田随一の出頭人、北陸の探題、柴田修理亮勝家のことである。彼はいまや、畢生の智と力と、そして、のるかそるかの一擲を賭けて――越中魚崎での対上杉軍との戦場を捨て――急遽、上洛の途中にあった。

急遽とはいえ、越中を離れるにも数日を要し、居城の越前北ノ庄でも幾日かを費やした。――が彼としては、決してこれを遅いとはしていない。ただ勝家ほどな者が、この大事に、ひとたび動くとなると、いわゆる不敗の万全を期すために、当然な自重が当然な時間を必要とし、その速度から時が差引かれていたに過ぎない。

越中で対陣中の上杉景勝の兵にたいしては、麾下の佐々成政と前田利家の二軍をのこし、北ノ庄にも部下を留め、勝家としては実に、超速度の転進とは見えたが、その主隊が、越前と近江の境、柳ヶ瀬を越ゆる頃、日はすでに十五日となっていた。そして主将勝家に遅れて、北ノ庄や越中方面からなお追いついて来る後続部隊と合し、全軍が峠で馬をやすめていたのは、もう行くてに望まれ出した江北一帯に夏雲高い、翌十六日の午頃であった。