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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
08 第八分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 192,758 字 · 383 页
隣地の寺坊の方にはなお、年長けた部将たちが兵と共にいたが、その中のひとり加藤光泰がこれへ来て、
「殿は、どちらに?」
と、さがしぬいていた。
裏の風呂場と分って、光泰は廻って行ったが、豪家といっても、田舎家のことである。板屋根の、それも壁も羽目もない吹きぬきに桶風呂一つすえてある所に、秀吉の首が、湯気の中に浮いている。
「――作内光泰にござります。何か、急に来いとの仰せの由、憚らずに参りましたが」
湯の流れてくる垣の元にひざまずいた。
「作内か」
と、秀吉は見て、
「寺内の者どもは、今ごろ飯をくうておるらしいが、なぜ晩いのか」
と、訊ねた。
光泰は答えて、
「城中に万一の変もあらばと、きょう一日中、みな案じておりましたので、殿の御無事なお帰りを知って、初めて炊煙をあげ出したわけにございまする」
「無用無用」
秀吉は湯から出て、小姓の石田佐吉に背中を洗わせながら、
「兵どもに、いらざる苦労をさせるお汝らは、ちと拙ないぞ」
「はっ」
「兵には早う飯をとらせ、馬にも充分飼糧をくれて、こよいは早目に眠らせておけ。――火の用心ぬかるな。時ならぬ沙汰あるも、すぐ打ち立てる心しておけや」