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にほんせいしんしけんきゅう

日本精神史研究

和辻 哲郎

推古時代における仏教受容の仕方について「思想」1922(大正11)年7月<br>仏像の相好についての一考察「思想」1922(大正11)年5月<br>『万葉集』の歌と『古今集』の歌との相違について「思想」1922(大正11)年8月<br>お伽噺としての『竹取物語』「思想」1922(大正11)年11月<br>『枕草紙』について「思想」1922(大正11)年9月<br>『枕草紙』の原典批評についての提案「思想」1922(大正11)年9月<br>『源氏物語』について「思想」1922(大正11)年12月<br>「もののあはれ」について「思想」1922(大正11)年10月<br>歌舞伎劇についての一考察「思想」1922(大正11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 页

青空文庫

ここに言葉の使用法における新しい境地が開ける。『万葉』の歌人において単に具象的な、限定された意味をのみ持っていた言葉が、ここでは連想によって、広い、さまざまの意味と情緒とを指示する言葉に押しひろげられる。たとえば露、雨、というごとき言葉を取って見ると、『万葉』においては、

わがやどの尾花押し靡べ置く露に手触れ吾妹子ちらまくも見む  (巻十、秋雑)

わが背子に恋ひてすべなみ春雨の降るわきしらにいでてこしかも  (巻十、春相聞)

というふうに、単純に露であり雨である。たまたま涙に関連させられた場合にも、

ひさかたの雨には着ぬを怪しくもわが袖は干るときなきか  (巻七、譬喩歌)

のごとく、雨を直ちに涙の意味に使うのではない。雨の日に着ぬのに濡れているのである。しかるに『古今』においては、もとより単純に露であり雨である場合も多いが、しかし「袖の露」、「露の命」、「涙の雨」というふうな使い方はすでにもう始まっている。

秋ならでおく白露はねざめする我が手枕のしづくなりけり  (恋五、読人不知)

夢路にも露や置くらむ夜もすがら通へる袖のひぢて乾かぬ  (恋二、貫之)

わが袖にまだき時雨の降りぬるは君が心に秋や来ぬらむ  (恋五、読人不知)