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にほんせいしんしけんきゅう

日本精神史研究

和辻 哲郎

推古時代における仏教受容の仕方について「思想」1922(大正11)年7月<br>仏像の相好についての一考察「思想」1922(大正11)年5月<br>『万葉集』の歌と『古今集』の歌との相違について「思想」1922(大正11)年8月<br>お伽噺としての『竹取物語』「思想」1922(大正11)年11月<br>『枕草紙』について「思想」1922(大正11)年9月<br>『枕草紙』の原典批評についての提案「思想」1922(大正11)年9月<br>『源氏物語』について「思想」1922(大正11)年12月<br>「もののあはれ」について「思想」1922(大正11)年10月<br>歌舞伎劇についての一考察「思想」1922(大正11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 页

青空文庫

推古時代における仏教受容の仕方について

そこには「空想」ではなくして理想がある。それは「長く継続せらるべき」ものとして立てられ、しかも事実上継続せられ能わなかったものである。徹底的に実行せられない法令が「空想」と呼ばるべきであるならば、多くの私人法人が脱税に苦心せる現在の税法も、また「空想」であろう。が、我々は、現代においてすらも「空想」と呼ばるるごとき津田氏のいわゆる「共産的制度」を、理想的情熱と確信とをもって千余年前に我々の祖先が樹立したという事実の前に目をふさいではならぬ。

(大正十一年、五月)

推古時代における仏教受容の仕方について

仏教が日本に迎えられた最初の時代には、それはどういうふうに理解せられ信仰せられたのであるか。この問題に対して普通に行なわれている見解はこうである。「仏教思想に対する日本人の理解ははなはだ浅薄であった。仏はただ現世利益のために礼拝せられたに過ぎぬ。言わば仏教は祈祷教として以上の意味を持たなかった。」この見解は、聖徳太子の『三経疏』が推古時代の作に相違ないとすれば、明らかに誤謬である。これらの経疏は大乗仏教の深い哲理に対するきわめて明快な理解を示している。