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にほんせいしんしけんきゅう

日本精神史研究

和辻 哲郎

推古時代における仏教受容の仕方について「思想」1922(大正11)年7月<br>仏像の相好についての一考察「思想」1922(大正11)年5月<br>『万葉集』の歌と『古今集』の歌との相違について「思想」1922(大正11)年8月<br>お伽噺としての『竹取物語』「思想」1922(大正11)年11月<br>『枕草紙』について「思想」1922(大正11)年9月<br>『枕草紙』の原典批評についての提案「思想」1922(大正11)年9月<br>『源氏物語』について「思想」1922(大正11)年12月<br>「もののあはれ」について「思想」1922(大正11)年10月<br>歌舞伎劇についての一考察「思想」1922(大正11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 页

青空文庫

沙門道元

一 序言

(大正十一年、九月)

沙門道元

一 序言

自分は沙門道元の人格と思想とを語るに当たって、最初にまず自分が「禅について門外漢であること」と、ただ単に「道元に対する驚嘆を語るに過ぎないこと」とを断わっておきたい。自分はただ自分が彼の真面目と感ずるところを書き現わすのみである。それによってある人々の内に我々の祖国が生んだ一人の偉大な宗教家への関心を喚び起こし、我々の文化の本質がこの種の宗教家を顧慮せずしては正しく理解せられるものでないことを明らかにし得れば、自分は満足する。

が、ここに問題がある。(一)禅について門外漢であるお前が、特に坐禅を力説した道元を理解するということは可能であるか。自ら揣らずして高きもの深きものを捕えようとするお前は、畢竟その高きもの深きものを低くし浅くするのではないか。(二)また、たといある程度に理解し得たとしても、偉大な宗教家の人格とその顕現した真理とを、文化史的理解に奉仕せしめようとするとは何の謂いであるか。一切のものの「根柢」としてある宗教の真理が受け容れられた時に、文化史的理解が何であるか。総じてお前の「世の智慧」をもってする一切の理解が何であるか。