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にほんせいしんしけんきゅう

日本精神史研究

和辻 哲郎

推古時代における仏教受容の仕方について「思想」1922(大正11)年7月<br>仏像の相好についての一考察「思想」1922(大正11)年5月<br>『万葉集』の歌と『古今集』の歌との相違について「思想」1922(大正11)年8月<br>お伽噺としての『竹取物語』「思想」1922(大正11)年11月<br>『枕草紙』について「思想」1922(大正11)年9月<br>『枕草紙』の原典批評についての提案「思想」1922(大正11)年9月<br>『源氏物語』について「思想」1922(大正11)年12月<br>「もののあはれ」について「思想」1922(大正11)年10月<br>歌舞伎劇についての一考察「思想」1922(大正11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 页

青空文庫

三 説法開始

ただこの両者を結びつける身心脱落の瞬間のみは、自らの身心をもって直下に承当するほかはないのである。

が、我々は知っている、人を動かし人を悟らせるものは真理を具現した人格の力である。動かされて悟りにたどりつくものも同様に人格である。道元はいう、「仏祖は身心如一なるが故に、一句両句、皆仏祖の暖かなる身心なり。かの身心来りてわが身心を道得す」(正法眼蔵行持)。その最奥の内容は説くべからずとするも、その内容を担える人格は、我々の前に明らかに提示せられている。我々はいかなる人格が道元を鍛錬したかを見た。また道元の人格がいかにしてこれらの人格に鍛錬せられたかを見た。ここに道元の修行時代は終わるのである。

三 説法開始

一生参学の大事を終えた道元は、二十八歳の時日本に帰った。頼朝の妻政子が年老いて死んだ翌々年である。

このころには、武士の新しい政治に対する叛逆的暴動が、京都鎌倉等においてなおしばしば企てられはしたが、もはや武士の支配を揺るがすほどではなかった。公家の階級は、承久の乱後、反抗の力を失って、好んで武士に媚びた。粗暴な活気を保持していた大寺の僧兵も、武士階級の威圧によってようやくその鋒先を鈍らせた。