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にほんせいしんしけんきゅう
日本精神史研究
和辻 哲郎
推古時代における仏教受容の仕方について「思想」1922(大正11)年7月<br>仏像の相好についての一考察「思想」1922(大正11)年5月<br>『万葉集』の歌と『古今集』の歌との相違について「思想」1922(大正11)年8月<br>お伽噺としての『竹取物語』「思想」1922(大正11)年11月<br>『枕草紙』について「思想」1922(大正11)年9月<br>『枕草紙』の原典批評についての提案「思想」1922(大正11)年9月<br>『源氏物語』について「思想」1922(大正11)年12月<br>「もののあはれ」について「思想」1922(大正11)年10月<br>歌舞伎劇についての一考察「思想」1922(大正11)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 页
な大革新である。この種の革新が、貴族らの幾分の不平を引き起こしたのみで、大いなる故障もなく行なわれたということは、推古時代の政治的理想が土地人民の所有者の階級にかなりよく理解せられていたと見なくては解し得られぬと思う。もちろんこの改新は反動なしにはすまなかった。北方の蝦夷の征服や唐の勢力の脅威によって新政府が著しく軍国主義的に傾いたとき、かつて行なわれた改新は徐々として逆転せざるを得なかった。しかしながらこの逆転は、たとい保守派を喜ばせたとしても、より多く進歩派の反対を買った。蘇我の馬子の孫である赤兄が、斉明天皇の失政として水城石城等の築造や軍需の積聚を攻撃しているごとき、明らかにこれを証示するものである。が、さらに著しいのは天智天皇崩御後における壬申の乱において、身分の低い舎人や地方官をのみ味方とする天武天皇の軍が、大将軍大貴族の集団たる朝廷方を粉砕したことである。保守派たる大貴族は破れた。天武天皇は逆転せる大化改新を再び復興し、新しく爵位を制定することによって古来の臣連を貴族の最下位に落とした。この時以後、昔臣連の大貴族として勢力を持ったものの末裔が、おのおの数町の田をうけてわずかに家名を存続し、ついに部民と同等の資格で戸籍につくに至ったのも少なくない(正倉院文書、大宝養老の戸籍)。