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にほんせいしんしけんきゅう

日本精神史研究

和辻 哲郎

推古時代における仏教受容の仕方について「思想」1922(大正11)年7月<br>仏像の相好についての一考察「思想」1922(大正11)年5月<br>『万葉集』の歌と『古今集』の歌との相違について「思想」1922(大正11)年8月<br>お伽噺としての『竹取物語』「思想」1922(大正11)年11月<br>『枕草紙』について「思想」1922(大正11)年9月<br>『枕草紙』の原典批評についての提案「思想」1922(大正11)年9月<br>『源氏物語』について「思想」1922(大正11)年12月<br>「もののあはれ」について「思想」1922(大正11)年10月<br>歌舞伎劇についての一考察「思想」1922(大正11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 页

青空文庫

しかし同様に内的連絡のある個所が春曙抄本に見いだせるとすれば、自分はその個所を『枕草紙』の原形に近いものとして認めるにやぶさかでない。村岡氏は春曙抄本の第七十段より第七十四段に至るまでの五段をあげ、これらの各段の間に存する内的連絡が前田本、宸翰本等におけるそれよりもはるかに興趣に富むことを指摘せられたが、これは自分にとって非常に教ゆる所の多い議論であった。が、この観察は、氏自身の主張に対してはむしろ反証となっているのである。なぜなら、氏は春曙抄本の一つの個所に意味深い内的連絡を見いだし、そうしてそれを尊重せられたのであって、そのために春曙抄本の他の個所が示しているような内的連絡を欠く並べ方を尊重すべからざるものとして立証されたにほかならぬからである。自分の意図したところは、氏の指摘されたような内的連絡が至るところに感受し得られるごとき『枕草紙』の形態を、学者の努力からして待望し期待することであった。

右と同じ昭和七年に、池田亀鑑氏は岩波講座「日本文学」で「清少納言とその作品」及び「枕草紙の形態に関する一考察」を発表された。後者は前掲の村岡氏の論文が発表されたよりも後に書かれたものである。