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にほんせいしんしけんきゅう
日本精神史研究
和辻 哲郎
推古時代における仏教受容の仕方について「思想」1922(大正11)年7月<br>仏像の相好についての一考察「思想」1922(大正11)年5月<br>『万葉集』の歌と『古今集』の歌との相違について「思想」1922(大正11)年8月<br>お伽噺としての『竹取物語』「思想」1922(大正11)年11月<br>『枕草紙』について「思想」1922(大正11)年9月<br>『枕草紙』の原典批評についての提案「思想」1922(大正11)年9月<br>『源氏物語』について「思想」1922(大正11)年12月<br>「もののあはれ」について「思想」1922(大正11)年10月<br>歌舞伎劇についての一考察「思想」1922(大正11)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 页
この見方によってのみ我々は、『中関白記』に清少納言は「肥後守秘蔵娘也、皇后愛憐之間、予密召レ之、雖レ然大酒不二女所為一、申二宮方一与レ暇」[肥後の守秘蔵の娘なり、皇后愛憐の間、予密かに之を召す。然りと雖も大酒は女の為す所ならず、宮方に申して暇を与う]と記されているのを首肯することができる。単なるすき物の心をもって彼女を籠絡しようとしても、彼女は大酒不女所為のごときをもって巧みに身をかわしたのである。従って彼女の自由な男との交際は、男の側から言えば、才能あり教養ある女に特有な、通常の女に見られない、言わば精神的な味を提供したのである。中宮定子の勢力が衰え、貴族の多くがこの宮を顧みなくなったときにも、清少納言の、「少々の若き人などにもまさりて、をかしうほこりかなるけはひを、捨てがたくおぼえて、二三人づゝ連れてぞ常に来る」(栄花物語、鳥辺野の巻、初め)と伝えられているのは、反対党の立場から右の消息を語るものと見られよう。
しかしながら、左衛門尉則光との間柄は、やや色を異にしているように見える(とりもてるもの。「左衛門尉則光」。春曙抄は情人と解し、黒川真頼は義兄妹と解する。