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にほんせいしんしけんきゅう
日本精神史研究
和辻 哲郎
推古時代における仏教受容の仕方について「思想」1922(大正11)年7月<br>仏像の相好についての一考察「思想」1922(大正11)年5月<br>『万葉集』の歌と『古今集』の歌との相違について「思想」1922(大正11)年8月<br>お伽噺としての『竹取物語』「思想」1922(大正11)年11月<br>『枕草紙』について「思想」1922(大正11)年9月<br>『枕草紙』の原典批評についての提案「思想」1922(大正11)年9月<br>『源氏物語』について「思想」1922(大正11)年12月<br>「もののあはれ」について「思想」1922(大正11)年10月<br>歌舞伎劇についての一考察「思想」1922(大正11)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 页
しかも清少納言がこれを「いとをかしうめでたし」と見るとき、彼女は当時の男性よりも一段高き精神的要求を持った中宮の人格を、この恋愛生活におけるういういしさの内に見いだしているのである。これらの描写において我々は、彼女がいかに愛をもって中宮を描いたかを感ずる。彼女は中宮の悲しい運命を悲しめば悲しむほど、なお一層明るくめでたく中宮の姿を書き出すのである。「ものの哀れ」の裏づけなくして、単に享楽人の立場からはかくのごとき「人」を描出することはできまい。
彼女が自然及び人生における感覚的なるものを描く際には、右の中宮の場合におけると同じく「ものの哀れ」の裏づけがある。もとより彼女の眼界は、当時の貴族がそうであったように、きわめて狭い。人生は京都の貴族の生活をいでず、自然は秋草のごとき優しさの一面をしか見せない。しかしこの狭き眼界において彼女の見るところは、単なる享楽の対象ではなくして、美そのものである。過ぎ行く姿に宿れる「過ぎ行かざるもの」である。いかに多くそこに時代特殊の趣味が現われているにもせよ、我々はなお彼女の繊鋭細緻なる感受を嘆美せざるを得ない。
彼女は「わびしげに見ゆるもの」