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にほんせいしんしけんきゅう
日本精神史研究
和辻 哲郎
推古時代における仏教受容の仕方について「思想」1922(大正11)年7月<br>仏像の相好についての一考察「思想」1922(大正11)年5月<br>『万葉集』の歌と『古今集』の歌との相違について「思想」1922(大正11)年8月<br>お伽噺としての『竹取物語』「思想」1922(大正11)年11月<br>『枕草紙』について「思想」1922(大正11)年9月<br>『枕草紙』の原典批評についての提案「思想」1922(大正11)年9月<br>『源氏物語』について「思想」1922(大正11)年12月<br>「もののあはれ」について「思想」1922(大正11)年10月<br>歌舞伎劇についての一考察「思想」1922(大正11)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 页
それは必ずしも哲学的思索として現われるのみでない。恋するものはその恋人において魂の故郷を求める、現実の人を通じて永遠のイデアを恋する。恋に浸れるものがその恋の永遠を思わぬであろうか。現実の生において完全に充たされることのない感情が、悲しみ、あえぎ、恋しつつ、絶えず迫り行こうとする前途は、きわまることなき永遠の道である。人生における一切の愛、一切の歓び、一切の努力は、すべてここにその最深の根拠を有する。「もののあはれ」が人生全般にひろまるのは、畢竟このゆえである。
かく見ることによって我々は、「物のあはれ」が何ゆえに純化された感情として理解されねばならなかったかのゆえんを明らかに知ることができる。「物のあはれ」とは、それ自身に、限りなく純化され浄化されようとする傾向を持った、無限性の感情である。すなわち我々のうちにあって我々を根源に帰らせようとする根源自身の働きの一つである。文芸はこれを具体的な姿において、高められた程度に表現する。それによって我々は過ぎ行くものの間に過ぎ行くものを通じて、過ぎ行かざる永遠のものの光に接する。
が、また右の理解とともに我々は、「物のあはれ」