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にほんせいしんしけんきゅう

日本精神史研究

和辻 哲郎

推古時代における仏教受容の仕方について「思想」1922(大正11)年7月<br>仏像の相好についての一考察「思想」1922(大正11)年5月<br>『万葉集』の歌と『古今集』の歌との相違について「思想」1922(大正11)年8月<br>お伽噺としての『竹取物語』「思想」1922(大正11)年11月<br>『枕草紙』について「思想」1922(大正11)年9月<br>『枕草紙』の原典批評についての提案「思想」1922(大正11)年9月<br>『源氏物語』について「思想」1922(大正11)年12月<br>「もののあはれ」について「思想」1922(大正11)年10月<br>歌舞伎劇についての一考察「思想」1922(大正11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 页

青空文庫

という名を保存しつつも、今や上層としての実権を握り、自己の要求に従って社会の新組織を樹立しかかっていた。が、数世紀の間人心を支配した南都北嶺の教権は、古い政治的権力の統制を脱するとともに、なお新しい政治的権力の支配には服しないで、自らの経済力と武力とをもって独立の勢威をふるった。それはもはや宗教ではなくして現世的権力である。僧徒は法悦をも真理をも捨てて、ただ世俗的なる福利を追った。社会革命が生んだ人心の動揺、その動揺のなかから聞こえる信仰への叫び、それらは彼らの関するところでなかった。栄西が建仁寺にあって貧者のために自己の饑死を賭しようとしたころには、南都の衆徒はしばしば蜂起して寺領のために血を流し、山門の衆徒は近江へ下って長者の家を焼き人を殺し、あるいは京都に下って公家の階級を脅かした。

かくのごとき運動と関係なく京都の諸寺にあって仏事につとめた僧侶たちも、実力を失った公家階級の一部として、ただ因襲的に儀式を行ない、公家の生活の古いプログラムを充たすに過ぎなかった。一切経会、御八講、祈雨御読経、御逆修、塔供養、放生会、――それらは賀茂祭、五竜祭、大嘗会などと異なるところがない。