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にほんせいしんしけんきゅう
日本精神史研究
和辻 哲郎
推古時代における仏教受容の仕方について「思想」1922(大正11)年7月<br>仏像の相好についての一考察「思想」1922(大正11)年5月<br>『万葉集』の歌と『古今集』の歌との相違について「思想」1922(大正11)年8月<br>お伽噺としての『竹取物語』「思想」1922(大正11)年11月<br>『枕草紙』について「思想」1922(大正11)年9月<br>『枕草紙』の原典批評についての提案「思想」1922(大正11)年9月<br>『源氏物語』について「思想」1922(大正11)年12月<br>「もののあはれ」について「思想」1922(大正11)年10月<br>歌舞伎劇についての一考察「思想」1922(大正11)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 页
「卯毛羊毛のさきにゐるちりばかりも、つくる罪の宿業にあらずといふことなし。」現世のある悪行はかつて行なわれたある悪行の結果として現われる。現在の自分の生はかつてあったある生の再来である。が「かつて行なわれ」、「かつてあった」ものはどこにあるか。総じて過去とはどこにあるか。空間的比喩を遮断して時間を考えるとき、この瞬間が過去未来を包含する永遠の相を示現してはいないか。一切の過去とは畢竟現前の生に内存するものではないか。しからば宿業もまたこの生に内存するものである。我々が生物として生きる限り、生物としての一切の衝動、本能を脱することができない。そうしてこの衝動、本能こそは、我々をこの世に生み、数知れぬ祖先をこの世に生んだその業縁である。しかもその数知れぬ祖先の衝動や本能は、現前の我々の衝動や本能を除いてどこに存在するか。すなわち数知れぬ年月の間つながって来た業縁は、我々の内なる業縁を除いてどこに存在するか。まことに我々はこの業縁のゆえにこの世に生存するのである。またこの世に生くる限りこの業縁を脱することもできない。だから業縁による行為は彼自身の行為であって他から付加されたものではない。