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にほんせいしんしけんきゅう
日本精神史研究
和辻 哲郎
推古時代における仏教受容の仕方について「思想」1922(大正11)年7月<br>仏像の相好についての一考察「思想」1922(大正11)年5月<br>『万葉集』の歌と『古今集』の歌との相違について「思想」1922(大正11)年8月<br>お伽噺としての『竹取物語』「思想」1922(大正11)年11月<br>『枕草紙』について「思想」1922(大正11)年9月<br>『枕草紙』の原典批評についての提案「思想」1922(大正11)年9月<br>『源氏物語』について「思想」1922(大正11)年12月<br>「もののあはれ」について「思想」1922(大正11)年10月<br>歌舞伎劇についての一考察「思想」1922(大正11)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 页
六 道徳への関心
民衆に直ちに触れ、その生活を直接に動かした親鸞が、その「信」のゆえに人間の道を説くこと少なく、山林に隠れてただ真理のために努力した道元が、その「行」のゆえに人間の道に情熱を持つ。この対照は興味深いものである。
六 道徳への関心
もとより道徳への関心は、絶対者との合一を目ざす宗教にとって、第一義のものではない。親鸞に道徳の言説が少ないのはむしろその絶対者への情熱の熾烈を語るものであろう。が、またここには、弥陀の浄土を現世のかなたに置く教えと、この生をもって直下に絶対の真理を体現しようとする教えとの、必然の相違も認められる。親鸞においては人はその煩悩のままに「浄土」に救い取られるのである。絶対界の光明の前には矮小なる人の煩悩は何らの陰をも投げない。しかし道元においては煩悩の克服が真理体現の必須の条件である。矮小なる人の内界も一度煩悩が征服せらるる時無限なる自由の境地を現じ得るのである。ここにおいて前者は僧に肉食妻帯を許して僧俗の区別を緩やかにし、後者はこの間に最も厳格な区別を立てる。前者はただ悪の許されることを説き、後者は戒律による力強い自己鍛錬を力説する。