轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

にほんせいしんしけんきゅう

日本精神史研究

和辻 哲郎

推古時代における仏教受容の仕方について「思想」1922(大正11)年7月<br>仏像の相好についての一考察「思想」1922(大正11)年5月<br>『万葉集』の歌と『古今集』の歌との相違について「思想」1922(大正11)年8月<br>お伽噺としての『竹取物語』「思想」1922(大正11)年11月<br>『枕草紙』について「思想」1922(大正11)年9月<br>『枕草紙』の原典批評についての提案「思想」1922(大正11)年9月<br>『源氏物語』について「思想」1922(大正11)年12月<br>「もののあはれ」について「思想」1922(大正11)年10月<br>歌舞伎劇についての一考察「思想」1922(大正11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 页

青空文庫

「礼拝得髄」は文化の上昇を可能にする重大な契機と見ることができる。

「法を重くし身を軽くすべし」という道元の標語は、かくして、「努めてやまざるものはついに救われる」という思想に接近する。それは生活を永遠の理想に奉仕させることである。人類の健やかな生活は、この精神に導かれることを措いてほかにないであろう。

道元のいわゆる「法」が、人類の文化の根源でありまた目標であるところの一つのものを、余蘊なく意味しているか否かは別問題である。しかしその究極の意義に対する止み難い根本的要求――現世のいかなるものをもってしても結局満たし切られることのない心は、ここに欠くことができない。それは社会の組織に対して働けば、一切の特権の打破や人間の権利の平等への要求となって現われるであろう。人間生活に対して働けば、愛と調和との要求として現われるであろう。しかしこれらのものを通じて働く際にも、それは人類の生活を意義づける最後の目標を忘れてはならない。道元の道はこの目標を端的につかむにある。我れらは彼の道を歩む力を持たないにしても、得髄としての彼を礼拝し、彼の言葉に鼓舞されて「精進」