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にほんせいしんしけんきゅう
日本精神史研究
和辻 哲郎
推古時代における仏教受容の仕方について「思想」1922(大正11)年7月<br>仏像の相好についての一考察「思想」1922(大正11)年5月<br>『万葉集』の歌と『古今集』の歌との相違について「思想」1922(大正11)年8月<br>お伽噺としての『竹取物語』「思想」1922(大正11)年11月<br>『枕草紙』について「思想」1922(大正11)年9月<br>『枕草紙』の原典批評についての提案「思想」1922(大正11)年9月<br>『源氏物語』について「思想」1922(大正11)年12月<br>「もののあはれ」について「思想」1922(大正11)年10月<br>歌舞伎劇についての一考察「思想」1922(大正11)年4月
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歌舞伎劇についての一考察
自分はこの未熟な叙述が学界を益し得るとは期待しかねていたのであるが、近ごろ田辺元氏の『正法眼蔵の哲学私観』に接して、この一文が同氏の道元への接近の機縁となったことを知り、非常に歓びを感じた。道元の哲学がこのように生きた問題として蘇生して来たことは、道元のためのみならず、また日本の精神史にとって意義の多いことと思われる。
歌舞伎劇についての一考察
我々の時代の芸術のうち、時代特有の様式をもって過去に打ち克ち得ない状態にあるものは、音楽と演劇である。西洋音楽と徳川時代の音楽、西洋劇と徳川時代の演劇。そのほかに我々の時代の生んだ音楽や演劇で我々が新しい様式としての価値を認め得るものは一も存しない。美術及び文芸においてはすでに我々の時代が始まっているにかかわらず、音楽と演劇とのみが何ゆえに「我々の」と言い得る様式を産出し得ないのであろうか。
この問いに答えるためには、まずこれらの表現手段の特殊性が考えられなくてはならぬ。次いでこの特殊なる手段を用いる芸術家の環境、思想、生活等が考えられなくてはならぬ。自分の考えによれば、音楽及び演劇においては作家と演技者との二重の関係がこれらの芸術の新しい創造を困難にする。