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にほんせいしんしけんきゅう
日本精神史研究
和辻 哲郎
推古時代における仏教受容の仕方について「思想」1922(大正11)年7月<br>仏像の相好についての一考察「思想」1922(大正11)年5月<br>『万葉集』の歌と『古今集』の歌との相違について「思想」1922(大正11)年8月<br>お伽噺としての『竹取物語』「思想」1922(大正11)年11月<br>『枕草紙』について「思想」1922(大正11)年9月<br>『枕草紙』の原典批評についての提案「思想」1922(大正11)年9月<br>『源氏物語』について「思想」1922(大正11)年12月<br>「もののあはれ」について「思想」1922(大正11)年10月<br>歌舞伎劇についての一考察「思想」1922(大正11)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 页
のを恐れて、強情に妻の苦悩を傍観する。妻の苦悩が強く描かれれば描かれるほど、義理のために堪える彼の苦悩も深い。かくてここに作者の企画によって、妻子の生命の貴さと義理の貴さとが対立させられるのである。が、我々は敵を討たねばならぬということが何ゆえに妻子を見殺しにさせるほどの力を持つかを理解することができぬ。もし彼の復讐心が非常に力強い力として描かれているならば、その復讐心のために妻子を見殺しにする心持ちはあるいは理解し得られるかも知れぬ。しかし作者は全篇を通じて復讐心の根源的な力を描いてはいない。彼が敵を討つのはあくまでも義理である。しかもこの義理は正義の意味ではない。幸兵衛は股五郎を「悪人」と認めるが、しかし一度娘と縁組みした不運のゆえに、この悪人をも助けねばならぬのである。そうしてそれも同じく義理なのである。すなわちこの義理は敵討ちという風習、及び双方の縁者はおのおのその当事者を助けねばならぬという風習に基づいたものに過ぎない。もっとも作者はこの風習に道徳的意義を付加するため股五郎をできるだけ悪人として描き、風習に従って動く政右衛門に「悪人を罰しようとするもの」