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にほんせいしんしけんきゅう
日本精神史研究
和辻 哲郎
推古時代における仏教受容の仕方について「思想」1922(大正11)年7月<br>仏像の相好についての一考察「思想」1922(大正11)年5月<br>『万葉集』の歌と『古今集』の歌との相違について「思想」1922(大正11)年8月<br>お伽噺としての『竹取物語』「思想」1922(大正11)年11月<br>『枕草紙』について「思想」1922(大正11)年9月<br>『枕草紙』の原典批評についての提案「思想」1922(大正11)年9月<br>『源氏物語』について「思想」1922(大正11)年12月<br>「もののあはれ」について「思想」1922(大正11)年10月<br>歌舞伎劇についての一考察「思想」1922(大正11)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 页
それに対して我々は三つの場合を考え得る。一は旧来のしぐさやせりふ回しの原理を我々の時代の風俗や言葉に活用して、新しくしぐさやせりふ回しを創造することである。二は旧来のしぐさやせりふ回しをそのまま利用して、真に戯曲らしき戯曲の演出法を創造することである。ギリシアの悲劇の巧みな翻案とその演出法の工夫とはこの創造によき暗示を与えるであろう。三は在来の舞踊が日本人の体格と動作とにおいて見いだした美しさを我々の時代の趣味と情調との内に変質させ再生させることである。これらの三つはいずれも天才の出現によってのみ可能なことであろう。が、新しい様式の創造が天才を待つのは当然である。我々はこの天才を渇望することによってこの天才を呼び出さねばならぬ。
(大正十一年、三月)
注一 舞踊劇の問題に関連あるものとしてかつて「唄と踊り」と題して書いた短文をここに付加する。(三七二ページ参照)
さる名人の長唄をきいたあとで、ふと心に浮かんだこと。
自分は長唄を十分理解し得るとは思っていない。しかし柔らかな、円い、艶っぽい唄であれば、自分はいきなりその濃い雰囲気のなかへ引き入れられて行くように感ずる。