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にほんせいしんしけんきゅう

日本精神史研究

和辻 哲郎

推古時代における仏教受容の仕方について「思想」1922(大正11)年7月<br>仏像の相好についての一考察「思想」1922(大正11)年5月<br>『万葉集』の歌と『古今集』の歌との相違について「思想」1922(大正11)年8月<br>お伽噺としての『竹取物語』「思想」1922(大正11)年11月<br>『枕草紙』について「思想」1922(大正11)年9月<br>『枕草紙』の原典批評についての提案「思想」1922(大正11)年9月<br>『源氏物語』について「思想」1922(大正11)年12月<br>「もののあはれ」について「思想」1922(大正11)年10月<br>歌舞伎劇についての一考察「思想」1922(大正11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 页

青空文庫

が、特に目立つのは肩、なかんずく背中、及び肩から腕への移行部などによって現わされた、胴体の美しい、くねり方である。すなわちこれらの「動く形」である。

が、『蜻蛉』及び『カリフォルニアの罌粟』もまたそれに劣らず美しいものであった。題目が踊りの振りや踊り手の心持ちとどう関係するかは知らない。しかしとにかくそれぞれの運動の旋律が、それぞれの物象の美しさと何らかの関係を持つことは、認めてよいであろう。たとえば白鳥が頸をうねらせつつ静かに水上を動くあの運動の美しさは、『白鳥』の踊りの旋律の基調となってはいないだろうか。罌粟の花の薄い花びらが微風に吹かれてひらひらと動くあの繊細な美しさが、『罌粟』の踊りの情調を基礎づけてはいないだろうか。蜻蛉が蒼空のもとにつういつういと飛んで行くあの運動の自由さが『蜻蛉』の踊りのあの快活な清爽さを産み出したのではなかろうか。そうしてそれがそうであるにしても、踊りとしての独立が害せられるとは言えないと思う。白鳥や罌粟や蜻蛉を現わすことは、踊りの目的でない。しかし踊りは、白鳥や罌粟や蜻蛉から、ある美しい運動の旋律をかりて来ることができる。