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ほんしゅうおうだん かんしゃくとほりょこう

本州横断 癇癪徒歩旅行

押川 春浪

「冐險世界 第四卷第拾貳號」博文館、1911(明治44)年9月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,749 字 · 45 页

青空文庫

というのは他でもない、その夜の事である。本誌お馴染の断水坊、暴風雨を冒して遊びに来り、夜遅くまで、二人で将棋をパチクリパチクリやっておったが、時刻は夜半の零時か零時半頃であったろう、吾輩はなんでも香車か桂馬をばパチリッと盤面に打下そうと手を伸ばした途端である。不意に何か吾輩の食指の中央にポタリと落ちた冷たいものがある。

「オヤ、雨が漏ったのか」と、熟視すると、雨ではない。豆粒程の大さの生々しい血汐である。

「ヤッ、変だぞ、変だぞ」と、断水坊も将棋指す手を止め、この血は鼻から出たのであろうと、二人は顔面はいうに及ばず、全身残りなく検べてみたが、どこからも血の出た気勢が微塵程もない。また鼻から出たにしたところで、鼻先から一尺四、五寸も前へ突出した食指の上へ、豆粒程の大さだけポタリと落ちる道理はないのだ。

「それでは天井から落ちたに相違ない」

「そうだそうだ、天井で鼠が喧嘩して、その負傷した血汐の滴り落ちたのだろう」と、断水坊は御苦労にも卓子を担ぎ出してその上へ登り、吾輩は、懐中電灯を輝かして、蚤取眼で天井を隈なく詮索したが、血汐は愚か、水の滴り落ちた形跡すらどこにもない。