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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

02 第二部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 146,773 字 · 294 页

青空文庫

俊三も、はしゃぎきって、お芳といっしょに、台所から茶の間に物を運んだりしていた。ただ、むっつりと火鉢のはたに坐りこんでいたのは、お祖母さんだけだった。

すっかり準備が出来たのは、六時をかなり過ぎたころだった。

明るい茶の間の電燈の下で、父と兄との間にはさまれて、鋤焼鍋を囲んだ時の次郎の気持には、何とも言えない温かさがあった。鉢に盛られた肉や、葱や、焼豆腐の色彩、景気のいい七輪の火熱、脂のはじける音、立ちのぼる湯気の感触とその匂い、――彼は、彼の味覚を満足させる前に、すでに彼の五官のすべてを鋤焼というものに集中さして、恍惚となっていた。

彼にとっては、こうした食事の経験は、本田の家ではむろんのこと、正木の家でも、これまでに全くなかったことなのである。

「次郎、もうここいらが煮えているよ。」

さっきから手酌で晩酌をはじめていた俊亮は、煮え立った鍋のなかに箸をつきこみながら、まや次郎をうながした。次郎は、しかし、まごまごして恭一の顔ばかり見た。そして、恭一が卵を割ると自分も割り、肉をはさむと、自分もはさんだ。

子供にとって、味覚の世界はしばしば他のすべての世界を忘れさせるものである。