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じろうものがたり
次郎物語
下村 湖人
04 第四部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 178,724 字 · 355 页
「やあ、道江さんじゃありませんか。」
と、いかにも親しげに声をかけたことであった。
道江はぎくっとしたように顔をあげてその方を見たが、その瞬間、それまでいくらかほてっていた彼女の顔から、さっと血の気があせた。そして、いつもなら平凡なほど温和なその眼が、異様な光をおびて、まともに相手の顔を見つめ、きっと結んだ唇は、石のようなつめたさでふるえていた。驚きと、羞恥と、怒りと、侮蔑とをいっしょにしたような表情である。
相手は、階段をのぼりきると、そのまま道江の真正面に立って、変な微笑をもらした。殿様顔といってもいいほど目鼻立ちはととのっているが、口元にしまりがなく、何とはなしに下品に見える。涼しい風に吹かれているかのように、眼をほそめてまたたかせているのが、いかにもわざとらしく、それが口もとの下品さに輪をかけている。
道江は、彼から視線をそらして、すぐ階段をおりようとした。すると、彼はそれをさえぎるように言った。
「道江さんがこんなところに来ているなんて、夢にも思っていませんでしたよ。ここにはしょっちゅう来ますか。」
道江は、しかし、ふり向きもしないで階段をおりて行ってしまった。