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すいちゅうのきゅうでん

水中の宮殿

野村 胡堂

「少女倶楽部」1934(昭和9)年6月〜8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,533 字 · 52 页

青空文庫

ところが、思いもよらぬ事件が、思いもよらぬ形で、現れました。

或朝――、ヴェランダで由比が浜を眺めながら、何心なく新聞を読んでいた綾子は、

「あっ」

不意に籐椅子から起上りました。

「百足に刺されて?」

燿子は飛んで来ました。この辺は大きい百足の多いところで、時々それに刺されて大騒動することがあったのです。

「爺やが、爺やが」

「爺やさんがどうなすって――まア大変ッ」

燿子は新聞を取上げて、指さされた記事を一目見ると、これも思わず大きい声を出してしまいました。

故立花博士邸に怪盗

老僕を惨殺して金庫を破る

助手滝山某に濃厚な疑い――

この標題を見ただけでも、事件の容易ならぬことが判ります。

「私、行って来るワ」

暫くすると綾子は、決然として顔を振り仰ぎました。十日あまりの休養で、身体も心も健かになったのでしょう。蒼白かった頬には興奮の血さえ燃えて、もう此処へ来た時の「悲しみの塑像」といった淋しいおもかげはありません。

「そんな場所へ行って大丈夫? 綾子さん」

燿子の方が心配そうに、綾子の顔を差しのぞくのでした。

「私は意気地がなかったんだワ。――あの時爺やがなんと言っても、どんなに気味の悪い事があっても、東京にいて、足の不自由な爺やを見てやらなければならなかったんですもの」