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くるいだこ

狂い凧

梅崎 春生

「群像」講談社、1963(昭和38)年1月~5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,430 字 · 226 页

青空文庫

女たちは城介に近づいた。かるく頭を下げ、何か言おうとした。

「…………」

その年嵩の方の女の頬ぺたに、城介はしたたかな平手打ちを加えた。女は頬を押えてよろめいた。あまり意外な光景だったので、私は思わず立ち上った。女をたすけるために、学生たちに飛びかかったのではないか。女の頬を張るなんて話が違うじゃないか。城介は私の方に振り向き、大声で叫んだ。

「早く。逃げるんだ!」

そして彼は背中を丸めて、一目散に走り出した。刑事に追われて人混みにまぎれ込もうとする掏摸のように。いや、追込みに入った競馬の騎手のように。――あるいはいたずらを見つけられて逃げる子供のように。追われるというより、逃げること自身が愉しくて仕様がない。そんな感じの走り方で逃げた。

「それで――」

庭を見おろしながら、栄介は言った。

「君も逃げたのか?」

「うん。いや。五十メートルほど走って、走りやめた。僕は何もしなかったから、逃げることはないと思ってね」

庭の垣根の向うを、ぶち犬がのそのそと這って歩くのが見える。

「こんなところにギプスを乾しとくと、犬や野良猫が便をしやしないかな。恰好が恰好だし――」