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わたしのりれきしょ

私の履歴書

井上 貞治郎

――放浪の末、段ボールを思いつく

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,380 字 · 69 页

青空文庫

を創立、名古屋にも支店と工場を設置した。東京の分工場として川崎工場を建てたのもこのころ。子会社の帝国紙器も創立した。

それ以後の私の事業は、まずまず軌道に乗ったといえる。もっとも現在までの四十年間には、関東大震災、日本製紙の合併、第二次大戦後の混乱とまだまだ多くの苦難が私を待ちうけていたが、三十歳までに味わったつらさを思えば、むしろ軽いものだった。この四十年間はあまりくわしくやると、多少自慢話めくので、かいつまんでさっと走ることにしよう。

私は業態を一段と発展させるため、三成社を株式会社組織にしようと考えていた矢先き、東京電気からもすすめられて、大阪三成社、帝国紙器を合わせ、大正九年に聯合紙器株式会社を創立した。聯合紙器の名は、当時東京電気の傍系会社に帝国聯合電球というのがあって、これからとったのだが、どうもゴロが悪く、電話では「ベンゴシ?」などと間違えられて往生した。しかしいまでは聯合紙器という名が段ボールの構成にも通じる気もするので、まんざら悪い名とは思っていない。

大正十二年の関東大震災では本社工場を焼失したが、その苦境の中で日本製紙を合併、それが一つの契機となって、東京電気との資本関係も一応切れた形となった。