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ちくはくき

竹柏記

山本 周五郎

「労働文化」労働文化社、1951(昭和26)年10月~1952(昭和27)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,798 字 · 91 页

青空文庫

二の一

八束はなま欠伸をしながら、人をばかにしたような口ぶりでそう云った。孝之助は黙ってそう云う彼の顔を見ていた。

「用事というのはそれだけか」

やがて孝之助が云った。

「さあ、今のところはね」と八束が答えた、「――あとはまた、おいおいの相談にしよう」

孝之助は刀を持って立った。

彼の想像したことと、この場の事実とは、あまりに違っていた。違いすぎていた。この汚れた、泥まみれの、いやらしい空気は、とうてい耐えることのできないものである。孝之助は黙ってふり返り、出てゆこうとして襖をあけた。

すると、そこの廊下に三人卑しい風態の男が、道を塞ぐように、立ちはだかっていた。そして、その一人は、持っている長脇差の柄に、手をかけながら云った。

「どうぞお静かになすって下さい、いま酒がまいります」

二の一

孝之助はそのとき怯んだ。

恐怖とはいわないまでも、暴力に対する本能的な恐れで、一瞬、足が竦んだ。それは事実であった、彼はたしかに怯んだ。(むろんそのばあい、そういう男たちに対して、自分が平然としていられなかったことを、彼は恥じようとは思わないが)しかし、それでうろたえはしなかった。