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ちくはくき
竹柏記
山本 周五郎
「労働文化」労働文化社、1951(昭和26)年10月~1952(昭和27)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,798 字 · 91 页
五の三
「ばかなことを云ってはいけない」
孝之助はうんざりしながら答えた。
「私がそんなことをするかどうか、考えてみてもわかる筈ではないか、この春あたりから不愉快な蔭口をいろいろ聞くが、世評などというものは無責任だから」
「それでは格式願いのことも根のない噂でございますか」
杉乃の口ぶりは意外に激しかった。
五の三
孝之助は妻の顔を見なおした。
杉乃は子を産んでから少し肥え、色も白く血色もよくなり、健康な嬌めかしさが溢れるようにみえた。けれども、そのときは顔もきびしく硬ばり、蒼ざめて眼は咎めるような光りを帯びていた。
「格式願いのことは事実だ」
孝之助は穏やかに云った。「――しかしあれは、断わるまでもないと思うが、今後、高安の家を保ち、故障なくお役を勤めてゆくためには、やむを得ないことであって、広松さんとも相談のうえであるし、人の噂するような意味は少しもないのだ」
「人の噂に尾鰭の付くことは知っております、尾鰭のことは申上げません。けれども格式願いが根のないことでなかったとしますと、金貸しうんぬんという評判も、なにかそうした事実があるのではございませんか」
「まったく覚えのないことだが」