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ちくはくき

竹柏記

山本 周五郎

「労働文化」労働文化社、1951(昭和26)年10月~1952(昭和27)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,798 字 · 91 页

青空文庫

一の三

彼はどちらかというと痩形で、濃い眉と、やさしい、温和な眼をもっていた。動作も言葉もものやわらかであるし、荒い声をたてるとか、人に不愉快な顔をみせる、などということは決してなかった。

「――その相手は、岡村八束というのです」

彼は眼を伏せたまま話しだした。

背戸のあたりで、なにかの動物の、鼻にかかったような、なき声がした。この丘陵のうしろは、隣国の領分まで、殆んど山と森つづきで、猪や鹿などが多く棲んでいた。そのなき声は、おそらく若い鹿であろう。かなしげに訴えるような、心に残るような声であった。

「そう、そうだったの」

叔母は頷いた。孝之助の話はわかったけれども、そのままでは納得ができないようであった。

「正直に仰しゃって呉れて有難う、でもねえ孝さん、あなたがそれほど、杉乃さんを愛していらっしゃることはわかるけれど、そういうふうにまでして結婚するということは、少し不自然じゃないかしら」

「――不自然、でしょうか」

「そう云っては、言葉が強すぎるかもしれないけれど」

千寿はそっと銚子を持った。

一の三

「この叔母さまはべつとしても、女というものは初めて愛した人は忘れられないものよ。