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ちくはくき

竹柏記

山本 周五郎

「労働文化」労働文化社、1951(昭和26)年10月~1952(昭和27)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,798 字 · 91 页

青空文庫

六の四

このあいだに自分はどうしたか。自分は杉乃を愛したし、今も愛している。杉乃を不幸や困難から護り、平穏な生活のなかに温ためようと思った。それらはどうやら実現した。これからもひどい蹉跌のない限り、この生活は続けてゆくことができるだろう。

――だがそれがいったいなんだ。

杉乃が自分の愛をよろこばないとすれば、自分の愛などはお笑い草ではないか。また人間は、必ずしも平穏無事な生活に、満足するものではない。貧苦や艱難にすすんでぶっつかり、それを打開することに、生き甲斐を感ずる者もいる。

――結局おれは臆病で退屈な人間にすぎなかった。

――帳尻を合わせる能だけの律義之助だ。

こんなときこそ、茶屋酒にでも酔い痴れることができたら、と思ったが、彼にはそれもできなかった。すっかりまいって、自分で自分をひきずるような気持で、家に帰った。

杉乃は出迎えなかった。

気分が悪いから、ということであった。孝之助はほっとした。いま妻と顔を合わせるのは彼にとっても辛かったのである。独りで着替えをし、食事を訊きに来た召使には、茶だけを命じて居間へ入った。

六の四

火桶をひき寄せ、机に凭れて、もの思いに耽っていたが、やっぱり酔っていたのだろう、そのままうたた寝をしたらしい、眼をさますと背に抱巻が掛けてあった。