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なおこ

菜穂子

堀 辰雄

楡の家 第一部「物語の女」山本書店、1934(昭和9)年11月<br> 楡の家 第二部「文学界」1941(昭和16)年9月号<br> 菜穂子「中央公論」1941(昭和16)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,758 字 · 173 页

青空文庫

明は菜穂子の方を同意を求めるような眼つきで見ながら、露台の方へ出て行った。そして半開きになった扉の傍に立ち止って、寒そうな恰好をして山や森を眺めていたが、暫くしてから彼女の方へ向って云った。「雪があると此の辺はいいんでしょうね。僕はもうこっちは雪かと思っていました。……」

それから彼は漸っと思い切ったように露台に出て行った。そしてその手すりに手をかけて、背なかを丸くした儘、其処からよく見える山や森へ何か熱心に目をやっていた。

「あの人は昔の儘だ。」菜穂子はそう思いながら、いつまでも露台で同じような恰好をして同じところへ目をやっているような明の後姿をじっと見守っていた。昔からその明には、人一倍内気で弱々しげに見える癖に、いざとなるとなかなか剛情になり、自分のしたいと思う事は何でもしてしまおうとするような烈しい一面もあって、どうかするとそんな相手に彼女もときどき手古摺らされた事のあったのを、彼女はその間何んという事もなしに思い出していた。……

そのとき露台から明が不意に彼女の方へふり向いた。そして彼女が自分に向って何か笑いかけたそうにしているのに気がつくと、まぶしそうな顔をしながら、手すりから手を離して部屋の方へはいって来た。