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ふとん
蒲団
田山 花袋
「新小説」春陽堂書店、1909(明治40)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,870 字 · 90 页
「よう解っております……」
「けれど出来んですか」
「どうも済みませんけど……制服も帽子も売ってしもうたで、今更帰るにも帰れまえんという次第で……」
「それじゃ芳子を国に帰すですか」
かれは黙っている。
「国に言って遣りましょうか」
矢張黙っていた。
「私の東京に参りましたのは、そういうことには寧ろ関係しない積でおます。別段こちらに居りましても、二人の間にはどうという……」
「それは君はそう言うでしょう。けれど、それでは私は監督は出来ん。恋はいつ惑溺するかも解らん」
「私はそないなことは無いつもりですけどナ」
「誓い得るですか」
「静かに、勉強して行かれさえすれァナ、そないなことありませんけどナ」
「だから困るのです」
こういう会話――要領を得ない会話を繰返して長く相対した。時雄は将来の希望という点、男子の犠牲という点、事件の進行という点からいろいろさまざまに帰国を勧めた。時雄の眼に映じた田中秀夫は、想像したような一箇秀麗な丈夫でもなく天才肌の人とも見えなかった。麹町三番町通の安旅人宿、三方壁でしきられた暑い室に初めて相対した時、先ずかれの身に迫ったのは、基督教に養われた、いやに取澄ました、年に似合わぬ老成な、厭な不愉快な態度であった。