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ふとん
蒲団
田山 花袋
「新小説」春陽堂書店、1909(明治40)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,870 字 · 90 页
二
さすがに「寂しき人々」をかの女に教えなかったが、ツルゲネーフの「ファースト」という短篇を教えたことがあった。洋燈の光明かなる四畳半の書斎、かの女の若々しい心は色彩ある恋物語に憧れ渡って、表情ある眼は更に深い深い意味を以て輝きわたった。ハイカラな庇髪、櫛、リボン、洋燈の光線がその半身を照して、一巻の書籍に顔を近く寄せると、言うに言われぬ香水のかおり、肉のかおり、女のかおり――書中の主人公が昔の恋人に「ファースト」を読んで聞かせる段を講釈する時には男の声も烈しく戦えた。
「けれど、もう駄目だ!」
と、渠は再び頭髪をむしった。
二
渠は名を竹中時雄と謂った。
今より三年前、三人目の子が細君の腹に出来て、新婚の快楽などはとうに覚め尽した頃であった。世の中の忙しい事業も意味がなく、一生作に力を尽す勇気もなく、日常の生活――朝起きて、出勤して、午後四時に帰って来て、同じように細君の顔を見て、飯を食って眠るという単調なる生活につくづく倦き果てて了った。家を引越歩いても面白くない、友人と語り合っても面白くない、外国小説を読み渉猟っても満足が出来ぬ。いや、庭樹の繁り、雨の点滴、花の開落などいう自然の状態さえ、平凡なる生活をして更に平凡ならしめるような気がして、身を置くに処は無いほど淋しかった。