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ふとん

蒲団

田山 花袋

「新小説」春陽堂書店、1909(明治40)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,870 字 · 90 页

青空文庫

十

芳子は泣きも笑いもせず、唯、運命の奇しきに呆るるという風であった。時雄は捨てた積りで芳子を自分に任せることは出来ぬかと言ったが、父親は当人が親を捨ててもというならばいざ知らず、普通の状態に於いては無論許そうとは為なかった。芳子もまた親を捨ててまでも、帰国を拒むほどの決心が附いておらなかった。で、時雄は芳子を父親に預けて帰宅した。

十

田中は翌朝時雄を訪うた。かれは大勢の既に定まったのを知らずに、己の事情の帰国に適せぬことを縷々として説こうとした。霊肉共に許した恋人の例として、いかようにしても離れまいとするのである。

時雄の顔には得意の色が上った。

「いや、もうその問題は決着したです。芳子が一伍一什をすっかり話した。君等は僕を欺いていたということが解った。大変な神聖な恋でしたナ」

田中の顔は俄かに変った。羞恥の念と激昂の情と絶望の悶とがその胸を衝いた。かれは言うところを知らなかった。

「もう、止むを得んです」と時雄は言葉を続いで、「僕はこの恋に関係することが出来ません。いや、もう厭です。芳子を父親の監督に移したです」

男は黙って坐っていた。蒼いその顔には肉の戦慄が歴々と見えた。