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ふとん
蒲団
田山 花袋
「新小説」春陽堂書店、1909(明治40)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,870 字 · 90 页
を時雄に向って言って、そのままばたばたと二階へ上った。すぐ下りて来るかと思うに、なかなか下りて来ない。「芳子さん、芳子さん」と三度ほど細君が呼ぶと、「はアーい」という長い返事が聞えて、矢張下りて来ない。お鶴が迎いに行って漸く二階を下りて来たが、準備した夕飯の膳を他所に、柱に近く、斜に坐った。
「御飯は?」
「もう食べたくないの、腹が一杯で」
「余りおさつを召上った故でしょう」
「あら、まア、酷い奥さん。いいわ、奥さん」
と睨む真似をする。
細君は笑って、
「芳子さん、何だか変ね」
「何故?」と長く引張る。
「何故も無いわ」
「いいことよ、奥さん」
と又睨んだ。
時雄は黙ってこの嬌態に対していた。胸の騒ぐのは無論である。不快の情はひしと押し寄せて来た。芳子はちらと時雄の顔を覗ったが、その不機嫌なのが一目で解った。で、すぐ態度を改めて、
「先生、今日田中が参りましてね」
「そうだってね」
「お目にかかってお礼を申上げなければならんのですけれども、又改めて上がりますからッて……よろしく申上げて……」
「そうか」
と言ったが、そのままふいと立って書斎に入って了った。
その恋人が東京に居ては、仮令自分が芳子をその二階に置いて監督しても、時雄は心を安んずる暇はなかった。