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むし
虫
江戸川 乱歩
一~四「改造 第十一卷第六號 六月號」改造社、1929(昭和4)年6月1日<br>五~十二「改造 第十一卷第七號 七月號」改造社、1929(昭和4)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,053 字 · 86 页
彼はこの辺が切上げ時だと思った。
三度目に会った時、次の日曜日は丁度月末で、芙蓉の身体に隙があるから、三人で鎌倉へ出かけようと、約束をして別れたので、柾木はその日落合う場所の通知が、今来るか今来るかと、待ち構えていても、どうした訳か、池内からハガキ一本来ないので、待兼ねて問合わせの手紙まで出したのだが、それにも何の返事もなく、約束の日曜日は、いつの間にか過去ってしまった。池内と芙蓉との間柄が、単なる知合い以上のものであることは、柾木も大方は推察していたので、若しかしたら、池内の奴、やきもちをやいているのではないかと、やっぱり自惚れて考えて、才子で好男子の池内に、それ程嫉妬をされているかと思うと、彼は寧ろ得意をさえ感じたのである。
だが、池内という仲立にそむかれては、手も足も出ない彼であったから、そうして、芙蓉と会わぬ日が長引くに従って、耐え難き焦燥を感じないではいられなかった。三日に一度は、三階席の群集に隠れて、ソッと彼女の舞台姿を見に行ってはいたけれど、そんなことは、寧ろ焦慮を増しこそすれ、彼の烈しい恋にとって、何の慰めにもならなかった。彼は多くの日、例の土蔵の二階へとじ籠って、ひねもす、夜もすがら、木下芙蓉の幻を描き暮した。