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むし

虫

江戸川 乱歩

一~四「改造 第十一卷第六號 六月號」改造社、1929(昭和4)年6月1日<br>五~十二「改造 第十一卷第七號 七月號」改造社、1929(昭和4)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,053 字 · 86 页

青空文庫

柾木愛造には、彼以外の人間という人間が、例外なく意地悪に見えた。彼の方で懐しがって近寄って行くと、相手は忠臣蔵の師直の様に、ついとそっぽを向くかと思われた。中学生の時分、汽車や電車の中などで、二人連れの話し合っている様子を見て、屡々驚異を感じた。彼等の内一人が熱心に喋り出すと、聞手の方は、さもさも冷淡な表情で、そっぽを向いて、窓の外の景色を眺めたりしている。時たま思い出した様に合点合点をするけれど、滅多に話手の顔を見はしない。そして、一方が黙ると、今度は冷淡な聞手だった方が、打って変って熱心な口調で話し出す。すると、前の話手は、ついとそっぽを向いて、俄かに冷淡になってしまう。それが人間の会話の常態であることを悟るまでに、彼は長い年月を要した程である。これは些細な一例でしかないけれど、総てこの例によって類推出来る様な人間の社交上の態度が、内気な彼を沈黙させるに充分であった。彼は又、社交会話に洒落(彼によればその大部分が、不愉快な駄洒落でしかなかったが)というものの存在するのが、不思議で仕様がなかった。洒落と意地悪とは同じ種類のものであった。彼は、彼が何かを喋っている時、相手の目が少しでも彼の目をそれて、外の事を考えていると悟ると、もうあとを喋る気がしない程、内気者であった。