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むし

虫

江戸川 乱歩

一~四「改造 第十一卷第六號 六月號」改造社、1929(昭和4)年6月1日<br>五~十二「改造 第十一卷第七號 七月號」改造社、1929(昭和4)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,053 字 · 86 页

青空文庫

彼は大急ぎで町に出て、胡粉と刷毛とを買って帰り(これらの異様な挙動を、婆やはさして怪しまなんだ。彼の不規則な生活や、奇矯な行為には、慣れっこになっていたからだ。彼女はただ土蔵から出て来た柾木の身辺に、病院へ行ったような、ひどい防腐剤の匂の漂っていたのを、いささか不審に思った)別の洗面器にそれを溶いて、人形師が生人形の仕上げでもする様に、芙蓉の全身を塗りつぶした。そして、不気味な屍斑が見えなくなると、今度は、普通の絵の具で、役者の顔をする様に、目の下をピンク色にぼかして見たり、眉を引いて見たり、唇に紅を塗って見たり、耳たぶを染めて見たり、その他五体のあらゆる部分に、思うままの色彩をほどこすのであった。この仕事に彼はたっぷり半日もかかった。最初はただ屍斑や陰気な皮膚の色を隠すのが目的であったが、やっている内に、屍の粉飾そのものに異常に興味を覚え始めた。彼は、死体というキャンヴァスに向って、妖艶なる裸像を描く、世にも不思議な画家となり、様々な愛の言葉を囁きながら、興に乗じては冷いキャンヴァスに口づけをさえしながら夢中になって絵筆を運ぶのであった。

やがて出来上った彩色された死体は、妙なことに、彼が嘗つてS劇場で見た、サロメの舞台姿に酷似していた。