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ろんごものがたり

論語物語

下村 湖人

「現代」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,688 字 · 266 页

青空文庫

(気狂いだな。)

と、冉有は思った。そしてその男の立っているのとは反対の方向に、歩き出そうとした。すると、その男は、だしぬけに大声を立てて笑い出した。

冉有は、もう一度彼を振りかえった。

「ほう、お前さんもやっぱり色気組の方かな。」

そう云って、その男は、おいでおいでをした。冉有は、気狂いだとは思いながら、あんまり馬鹿にされたような気がして、腹が立った。彼は、立ったまま、ぐッと彼を睨みつけた。

「ふッふッふッ、そんなおっかない顔をするもんじゃない。それよりか、あの磬の音を聞かっしゃい。」

「磬の音がどうした?」

「上手ではないかな、一寸。」

「お前にも、それがわかるのか。」

「わかるとも。ようわかる。それ、ちょいと色気のあるところが可愛いいではないか。」

「何をいうんだ!」

「ほう、また怒った。そんなに怒ると、人間が下品に見えるがな、あの磬のように。」

「なに! あの磬の音が下品だと?」

「そうとも。ちょいと可愛いいところもあるが、下品じゃよ。ほら、よっぽど執着がましい音がするじゃないか。だいぶ腹も立てているらしいな、尤もお前さんの腹の立てかたとは、少々値打がちがうが……」