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ろんごものがたり

論語物語

下村 湖人

「現代」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,688 字 · 266 页

青空文庫

と、孔子は、沈痛な顔をして、

「天命を知り、不易なるものの心に結ばれているという信念は、それが自分に信念として意識される間は、まだ究極のものではない。今から考えると、その頃のわしの政治のやり方には、何かぎごちないものがあったのではないかと思われる。定公が、わしを用いながらも、次第にわしから遠ざかって、斉から送られた美人の誘惑に乗り、季氏の甘言にあやつられたのも、わしにまだ至らぬところがあったからじゃ。わしとわしの信念とは、まだ真に一体にはなっていなかった。信念を信念と意識していたのが何よりの証拠じゃ。まことの信念は、信念を信念と意識しないまでに、その信念が自分に溶けこんだ時に得られるものじゃ。わしは、魯を去って諸国遍歴の旅をつづけているうちに、次第にそのことがわかって来た。わしが易を学びはじめたのは五十の歳からであったが、易の心がほんとに解り出したのも、この遍歴の旅のころじゃ。天と地と人、過去と現在と未来、これらのものが渾然と一枚の布に織り出されているのが易じゃ。この易の心にふれてはじめて、信念を信念と意識する相対の境地を超克して、天理の中に自己を没入し自己の中に天理を浮かしこんだ一如の境地が得られる。