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ろんごものがたり

論語物語

下村 湖人

「現代」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,688 字 · 266 页

青空文庫

もう何もいうまい。宰予を責めても甲斐のないことじゃ。」

宰予は、ふらふらとなるのを、精一杯こらえて立っていた。しばらくは誰一人口を利く者がなかった。うす暗くなって行く室に、暑苦しい空気が一杯にこもって、みんなは森として汗ばんでいた。

「宰予はしばらく一人でよく考えて見るがいい。」

孔子のやさしい声が沈默を破った。しかし、みんなはまだ緊張をつづけていた。その中を、宰予は沢山の眼に見送られながら、悄然として室を出た。

宰予の足音が消えると、孔子は、いかにも淋しそうに眼を伏せながら云った。

「これまで、わしは、みんなめいめいに口でいう通りに実行しているものとばかり信じていたものじゃ。しかし、もうこれからは、そうは行かない。いう事と行う事とが一致しているか、はつきりと突きとめないと、安心が出来なくなってしまった。宰予のようなこともあるのでな……しかし人を疑うのは淋しい気がするものじゃ。」

門人たちは首をたれたまま、身じろぎもしなかった。

「2いつもいうことじゃが過って改むるに躊躇してはならぬ。過ちは誰にもある。それは一時の事じゃ。しかし、過って改めなければそれこそ救いがたい過ちで、生涯を過り通すことになってしまう。