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ろんごものがたり
論語物語
下村 湖人
「現代」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,688 字 · 266 页
――雍也篇――
「先生、買って参りました。」
そう云って、門人の一人が、孔子の前に、十ばかりの觚を箱から出してならべた。觚はその当時の酒器の一種である。
孔子は、一々それを手にとって仔細に眺めていたが、いいとも、悪いとも云わないで、じっと考えこんだ。門人は手持無沙汰で立っていた。しかし、いつまでたっても、孔子が默りこんでいるので、お辞儀をして、そのまま室を出ようとした。すると孔子が云った。
「これが觚というものかな。」
門人は、不思議そうな顔をして、孔子を見た。彼は、孔子が觚を知らないわけはない、と思ったのである。
「觚には稜があるはずじゃ。もともと觚というのは、稜という意味じゃでの。」
門人は可笑しくなった。今ごろ名称なんかにこだわって、どうするつもりだろう。そんな昔風の觚が、何処の店を探したってあるものではない、と思った。で、彼は微笑しながら答えた。
「それがこのごろの觚でございます。」
孔子は、しかし、いよいよ真面目な顔をして云った。
「そうか、これがこのごろの觚か。……いや、これは觚ではない。觚ではない。」
門人は当惑した。彼は一生懸命で弁明するように云った。