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まけないおとこ

負けない男

佐々木 邦

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1930(昭和5)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 98,799 字 · 202 页

青空文庫

「安川君、この会社には伝票を書かせる外に僕達の仕事はないのかね?」

と稍退屈を感じ始めて話しかけた。

「さあ」

「骨を折ってノートを取った民法や商法は全然要らないようだ」

「それはこれから二十年三十年先のことだろう。三十年たっても重役にならない限りは要るまいぜ」

「君は諦めが好いね」

「君こそ不平が早過ぎるよ」

「何とかもう些っと使い道がありそうなものだと思うけれど、仕方がないのかなあ」

「差当りは伝票専門さ。僕達は簿記が分らないんだから、直ぐに帳簿にはかゝれない。これがそれまでの訓練になるんだよ」

「何になるものか」

「君、伝票だって馬鹿にしたものじゃないぜ。一年ぐらいやらないと、字が乗らないって話だ」

「色紙や短冊じゃあるまいし、乗るも乗らないもあるものか」

「君、君」

と安川君は声を潜めて、

「極端なことを言うと睨まれるばかりだよ」

と注意した。

「堀尾さん」

と隣りの机から河西君が囁いた。これは高商出の秀才だった。

「何ですか?」

「僕は御同感ですよ」

「聞えましたか?」

「はあ。しかし大丈夫です。僕は胸がスッとしました」

「何故ですか?」

「日頃思っているところをあなたに道破して戴いたんです。