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まけないおとこ

負けない男

佐々木 邦

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1930(昭和5)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 98,799 字 · 202 页

青空文庫

「生れ更れば赤ん坊だよ」

「然うでございました。それから奥さんのお年までというと都合八十二年かゝります」

「面白いことを言う婆やだな」

「奥さんは本当にお綺麗でございますよ」

「未だ奥さんじゃない」

「あら、来ましたよ」

「ふむ?」

「六兵衛ですよ。畜生!」

と婆やは険しい顔になった。犬が吠え始めた。清水君から貰ったのだ。堀尾君は道子さんに命名を求めて、アレキサンダーと呼んでいる。アレキサンダーは実によく吠える。新聞配達と御用聞きの小僧が嫌いだ。広告屋のチンドンに多大の反感を持っている。肥車の牛とは最近漸く仲よしになった。

「悧巧な犬ね。私が来ると御門まで迎えに出ますのよ」

と名づけ親の道子さんは可愛がっている。ところでその界隈へ毎朝何処かの書生がブル・ドッグを曳いて来る。それを見ると、アレキサンダーは狂気のようになる。怖いのだ。しかし書生は腹が立つと見えて、その都度ブルを嗾しかける。それを婆やが時折堀尾君に訴える。

初めは、

「旦那さまは水車場の六兵衛を御存知でございますか?」

と訊いた。村の話だ。

「知っている。四角な顔をした男だ」

「他人の空似と申しますが、あの六兵衛にそっくりそのままの犬がいますよ」