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ぜにがたへいじとりものひかえ

銭形平次捕物控

野村 胡堂

227 怪盗系図

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 157,440 字 · 313 页

青空文庫

この節では、八五郎親分、八五郎親分――と」

「気味の悪い声を出すなよ。あの娘は、当人の前だが、八には少しお職過ぎるぜ。伯父は浪人崩れの金貸しで、一と筋縄でいけそうもないから、十手なんか突っ張らかして出入りしちゃ、後の患いだ」

平次は日ごろの用心深さに還って、そんな事を言うのでした。

三月になったばかりで、ポカポカする陽気ですが、桜にはまだ早く、江戸の街もこれから、春の夜の夢に入ろうとする亥刻(十時)過ぎの静かなたたずまいでした。その時、

「た、助けてエ――」

押し潰されたような女の声、昌平橋をバタバタと渡って、平次に突き当たるように、わずかにかわされて、前のめりに、続く八五郎に抱きついたのは、夜の空気を桃色に燻蒸するような若い女です。

「あっ、びっくりさせやがる」

抱きすくめるように、二、三歩退いて、橋の南詰の番屋の油障子を漏るるあかりに透して八五郎は驚きました。

「あ、お前は、お栄じゃないか」

ツイ今しがたまで、親分の平次とうわさをしていた、金沢町の近江屋の姪お栄という、近ごろ明神下をカッと明るくしている評判娘だったのです。

血の気のない顔、少し振り乱した髪、昼のままらしい袷の前褄が乱れて、恐怖と激動に早鐘を撞く胸を細々と掻い抱くのでした。