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ながやてんいちぼう
長屋天一坊
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館、1950(昭和25)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,453 字 · 57 页
「なんと、……なんと」武士は眼を瞠った、「其の方は柳原で乞食をしていたと申すのか」
「乞食じゃないよ、おも、おも、お貰いだよ」
「その辺まことに御艱難、まことにお痛わしき」
「黙れ吾助、控えおらぬか、これ馬鹿者、それでは其の方、柳原に於て乞食をしておった、しかと左様であるか」
「乞食やないって云うのにさ」うす馬鹿としては、侮辱に耐えられないのらしい、「乞食はね、源公だの房州だの太市のことだ、ほんとだよ、あたいはお貰いなんだかや、ほんとだよ、みんな知ってゆよ、阿母さんは土堤のおかんてってさ、そいつだって乞食じゃなかったんだかやね、やっぱいお貰いでしかやね、ほんとでしかや、みんな知ってゆんだかや、あたいは土堤のうす馬鹿でしかやね」
「生得の愚か者とみえる」武士が苦い顔をしたことは云うまでもない、「では其の方なぜ此の家へ来ておる、なぜ柳原でお貰いをしておらんのだ」
うす馬鹿は、べそをかいた。それから涙を、ぽろぽろと豆をこぼすようにこぼした。
「帰やして呉んないの、この人が、あたい柳原のほうがいいんだけど、土堤はねあたいを押っぺさないし、土堤は舐めたり擽ったりもしないし、そえかや、いろんな事もしないでしかや、ほんとでしよ、だかや、あたあた、あたい柳原へ帰りたいの」