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ながやてんいちぼう
長屋天一坊
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館、1950(昭和25)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,453 字 · 57 页
第三席 繩屋吾助一念発起のこと
「ふん、だらしのねえ」彼女としては憤然とするものだろう、「草臥れた、眠りてえッて、どいつもこいつも、男てえ男がみんな同じことをほざきゃあがる、据膳が食えねえような睾丸なら切って捨てちまうがいい、ああばかばかしい、帰ってたくわんでも洗って、ひと汗かいて寝るとしべえか、ちょっ」
演者としては、右のような卑劣なる言辞を紹介することを、江湖に対して恥じるものである。が、長屋の独身男子たちは、演者以上に恥じた。かれらは現にその当事者であって、面前において男性である自分とたくわんを比較されたのである。
かれらがこの侮辱に対して、なにゆえに手を束ねていたかということは、出奔し去った五人の婿を前車の轍としたのみではない、が、ここではまず談話の本筋を進めることにする。
第三席 繩屋吾助一念発起のこと
並びに「系図書き師」も人の職たること
天一坊事件が江戸市民に及ぼした影響については、第一席で述べた。
繩屋吾助、いわゆる「禿」なる当人も、この事件から非常なる衝撃と示唆を受けたことは、これは人情のやむべからざるところであるだろう。彼は考えて溜息をつき、小首を捻って考え、溜息をついて、そうしてまた考えて、溜息をついてから独り言をもらした。