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ながやてんいちぼう

長屋天一坊

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1950(昭和25)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,453 字 · 57 页

青空文庫

一面ごうつくの点にかけても、その母親を少しは凌駕していた。彼女は五番めの婿が逃亡して以来、それまで母親の役目であったところの、店賃の取立てを自分で執行した。

このことは、長屋の住人共にとっては、かなり被害であったろう。母親、つまり「ごうつく」なるおたきはまだしもごうつく程度だったのである、が、彼女の取立ては甚大なるものであった。

彼女は、大きなメリケン粉袋ほどもある布製の財布と帳面を持ち、矢立を帯に挾んで、多少前跼みになり、両手を――それは長くてぶら下げると膝のあたりまで届くが――だらりと左右に垂れて、かの出ッ尻を後方で振り立てつつ、泥溝板を鳴らし、或いは地面をずしんずしんと踏み鳴らして、路地から路地へと戸毎に訪問し、特に青年から壮年の男子、ときには少年でも老人でもいいが、ともあれ男子のいる家では、その家人はてきびしい取立てを蒙るわけであった。

「おらんちも道楽で長屋を貸してるんじゃねえからな、おめえんところは三月も溜まってるじゃあねえか、え、……今日今夜、雨露風を凌がして貰って、店賃が払えねえじゃあ義理が済むめえ、よんど払えねえならうちの車あ三百で貸してやるから、今日にでも出ていって貰えてえ、おっと、出ていくに就いちゃあその火鉢と行李の中の物を頂いておくぜ」