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ようきなきゃく
陽気な客
山本 周五郎
「苦楽」苦楽社、1949(昭和24)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,086 字 · 46 页
いやん、ごく短く「いやん」というんだ。そうかと思うとききっきっというみたような声だの、またそのほかの。……つまり各種の。
――社長室からなんの声も聞えないし物音もしないときがある。するときまってあのいやらしい妻君が編集室へやって来るんだ。蒼いというか白いというか、灰色じみて硬ばったひきつったような顔で、血ばしった眼をぎらぎら光らせて、ばらばらな乱れ髪でさ。……寝衣の裾をだらしなくひきずって、そうしておれのところへ来て噛みつきそうな調子できくんだ。
「あんたうちの社長知ってやないか」
上と下の歯がむきだしになって、そいつががちがちと鳴るんだ。白くなってかさかさに乾いた唇が捲れあがってるんだ。おれとすればそれほど気が弱い方ではないつもりなんだが、それにしても二三度はつばきをのみこまないとすぐには返辞ができなかった。
――云ってみれば社長はそのときすでにほかに女があったものさ。寝室を別にしたのも文化的であり同時に倦怠からお互いを防衛する手段である以上に、妻君の眼をのがれてその女のところへ泊りにゆく目的も多分に含まれていたらしい。……そこでおれの立場として実に当惑するようなことが始まった。